舞台は近未来のイギリス。人々はテロの恐怖におののき、自分たちの自由と人間の尊厳を差し出して強力なリーダーに権限を委ね、その専制政治の下、ひっそりと生きる。そんな中、夜間外出禁止を破って秘密警察につかまりそうになった女性イヴィー(ナタリー・ポートマン)をなぞの仮面の男"V"が救う。彼女はVとの交流の中で、自分の家族が圧制の中で殺され、結果自分を押し殺して生きてきたことに気づき、やがて恐怖を克服すれば、自分が自由になれることを知る。

"V"は独裁政権によって偶然生まれてしまった一種の怪物。自由を愛するとともに、独裁政権に対して徹底的な復讐を誓う。400年前、圧制に抵抗して惨殺されたガイ・フォークスに自分をなぞらえて。
しかし、イヴィーによって人を愛することを初めて知ったVは、自分もまた独裁政権への憎しみという反作用で生きているに過ぎないことを知り、自分の存在と圧制との関係を考え、最後に自分の運命についての決断をする(一応ネタばれのないように工夫しつつぼかしてます・・・)。
◆ こわい! 未来社会を管理社会として描く映画はもちろん怖い。この映画は80年代にサッチャー政権を批判する形で出た原作を映画化したものとされているが、20年のうちに、『未来社会』ではなくなっている。監視カメラ、盗聴などは、オウム事件以降、むしろ日本の日常風景になっている。兵士などの武器も普通の機関銃で、人々の生活も現代そのもの。今見ればなんとそれは"現代"であるというところが、単なるSFなどと違って、この映画のリアリティーを生んでいる。
もっと怖いのが、この人々の恐怖を支配する過程で使われる事件が、日本に起こった事件に酷似していることだ。放送局も、これは公共放送だから人は信じるだろうなどといわせるところがあまりにすごい。
◆ 人々が自由を失う過程 未来社会を描く作品は、非常に安易に"コンピューターが進化しすぎてコンピューターによる管理社会が生まれた"というような設定を好む。それなら簡単に"SFにすぎない"で済ませることも可能だ。しかしこの映画のすごいところは、恐怖に操作された人たちが、自らの自由を譲り渡していく過程についても説得力ある描写を行っている点だ。恐怖がどうやって作られていくか、人々が強力なリーダーシップと治安維持をどう求めていくか・・・それがまたいっそう怖さを引き立てる。
◆ 専制国家であってファシズムではない 400年前、ガイ・フォークスが戦ったのは、ピューリタン革命前夜のイギリス絶対王政。
Vが戦うのも、ファシズムではなく、専制国家に対してのもの。映画ではナチスを思わせる旗とヒトラーを連想させる指導者が出てくるが、実際に中に描かれている社会はちょっと違う。
専制国家とファシズムの違いは、たとえていえば、先生の横暴に震え上がって、生気とやる気を失った教室の状態が専制国家。この映画の世界はこちらだ。
一方、先生が、特定の子供に対するいじめを奨励し、子供たちの鬱屈したエネルギーがいじめに向かう"ハイ"な教室がファシズム。ゆがんだ形であるとはいえ、見ようによってはすごいエネルギーと活気があるともいえる。
権力者にとっては、国民にエネルギーのない専制国家は、国民からの「あがり」が少ないから意外においしくない。また、国家全体の元気がなくなるといろいろな競争に負けるから、天然資源でもない限り国は維持できない。
そう考えるとこの映画は、表面上ファシズムをかかげながら、意外に現代的でないのかな、という気もする。
逆に。今の日本は国民の無気力を誘うような政権だし、自殺者数も高止まりのまま。結局格差社会において、ごく一部の企業だけが活況を呈し、残りはごちゃごちゃ考えなくていい、忠誠心だけが大事なんだ、という方向に向かっていることからするとあたっている気もする。
またファシズムというのは便利なようで意外に為政者にとってもコントロールしにくい面もあり、100%ファシズムもなければ100%専制無気力国家というのもなく、そのミックスで政治が行われることから考えると、やはりこの映画のテーマは現代的なのかもしれない。
◆ テロリズム 映画は大体テロリズムである。ケヴィン・コスナーの「ロビン・フッド」は、弱い者が陰に隠れて大量の火薬を仕掛け、より大きな暴力と戦うし、人気のインディー・ジョーンズシリーズなんていつも陰に隠れて何かの仕掛けばっかりやっている。権力者側から見れば"卑劣"に決まっている。大体権力者は自分に制御できないものを見ると"卑劣"とか"悪魔"ということにしているのだ。
なんだかひどい話だが、勝てばみんなよろこぶのだ。圧制側もテロリストも暴力なんだから、一方が卑劣で一方が正義ということではなく、もうちょっとなにが行われているのか真剣に考えなきゃいけないんじゃないの、という気がする。
◆ アナキズム 映画という限界もあって、独裁政権を倒したあとその社会がどうなるのか、という見通しすら語られず、ただ権力の象徴である国会議事堂の破壊が最終目標になる。しかし、復讐で始まったこの映画が愛で終わることから、人間の英知に対する信頼が見えてくる。人間はきっと自分たちを取り戻すことができるんだ、恐怖に打ち勝つ勇気さえあれば、そのことをこの映画は教えてくれているように思う。
文句なし、今までのところ今年最高の映画という気がする。実際に丸刈りにされてしまうナタリー・ポートマンの体当たりの演技、最後まで仮面をかぶったままありとあらゆる感情の表現をするヒューゴ・ウィービングの演技も見事。
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